彼女は勤務先から徒歩で帰宅するのが日課である。
「あのぉー」
この日、M子は背後から声を掛けられた。
振り返ると、見知らぬ男が笑みを浮かべて立っていた。
「M子さん、ついに二人きりになれましたね」
男は、やや興奮気味に言った。
「あら? どちらさまでしょうか?」
「僕は、いつもあなたをお守りしていた者です」
「それは、どういう意味でしょうか?」
「あなたをあらゆる危険からお守りしていたんです。つまり、自称ボディーガードというわけです」
「まあ、毎日ですか。まったく気が付きませんでした……。しかし、今後、あなたのお力を煩わせることはございませんことよ。今ここで、お断りいたしますわ」
「ふふ、そんなご遠慮は無用です。私はあなたのためなら、死さえいとわない。それほどあなたへの思いが強いということです」
「ますます、ボディーガードなんて必要ありませんことよ」
「M子さん、どうか僕の一途な思いを分かってください」
男は、M子との間合いを少しずつ詰めていく。
M子はその場で仁王立ちになり、男を睨みつけながら言った。
「そうですか。それなら、仕方ありませんわね……」
M子は前かがみになると、両手で着物の裾を膝までまくり上げた。白いすねがあらわになる。
男はその場でうろたえながら言った。
「えぇっ? 何をするんですか? 走って逃げる準備ですか?」
男はM子の行動を見て、笑い声を上げた。
「ははっ、ボディーガードの僕は感謝されてこそなのに、逃げるなんて笑えますね」
「こらぁー! あんたの言っている意味が分からないってさっきから言ってるだろう! あんたはただのストーカー野郎だろうがぁー!」
M子のはだけた裾から、筋肉質の足が勢いよく飛び出した。
その瞬間、M子の切れ味鋭い上段前蹴りが、男の顎に炸裂した。
グギッ!
という鈍い音が辺りに響いた。
M子の勤務先は、日本女子プロレスだった。

コメント
コメントを投稿