僕の町には、知る人ぞ知る公立図書館がある。
知らない人だって、公立図書館だから誰でも当然ながら利用できる。
僕も当然、毎日、勉強部屋としてこの図書館を利用していた。
カッコよく言えば、常連というやつだ。
しかしながら、僕の家の隣に住むヤスシくんには、この図書館を絶対に利用してほしくない。
なぜなら、彼は図書館の棚の上を飛び跳ねるからだ。
イラストを見てほしい。
とんでもない奴だ。
当然、僕だけでなく、みんなも彼を嫌っている。
「ほかでやってくれ!」
誰かが叫んだ。
おいおい、そういうもんじゃないだろ?
誰もが、他人の迷惑を顧みない身勝手な行動をする無頼漢、ヤスシが大嫌いだ。
当然、僕も。
「おい、ヤスシくん。図書館というところはなぁ、ちみ! 本を読むところであって……ちみの行動はなんとも……かんとも……奇天烈すぎるぞ! 身の程をわきまえ給え!」
僕の家の一軒隣に住む田所さんのおじいさんが、ヤスシくんに忠告してくれた。
ヤスシくんにとっても隣のおじいさんだ。
ありがたいご老人だと思った矢先――。
「ふんっ、もうろくジジイが……。てめえこそ身の程を知れ! 人に意見できる玉かぁ? このもうろくジジイがぁーー!」
「ちみぃーーー、なんていうことを……」
もう、町一番の博識なおじいさんでもヤスシを諭せないのなら、駄目だ。
僕が諦めかけた、そのときだった。
なんと、町一番のアイドルであり、マドンナでもあるケイコさんが、突然、本棚の間から現れた。
「ヤスシのバカ!」
ケイコさんはヤスシの両頬を、右手で目にも留まらぬ速さで激しく往復ビンタした。
パンパン。
それは軽やかで、たおやかな音色だった。
さすがケイコさんらしい、清々しいビンタの音だった。
僕は初めてケイコさんのビンタを見られたことに感動し、ブルブルと体を震わせた。
それを目撃した周囲の人たちも驚きを見せた。
やがてみな我に返ると、ヤスシを睨みつけて言った。
「あーあ、町のマドンナを怒らせたぞ。無頼漢なヤスシらしいなぁ」
「駄目だよ、ケイコさんらしくないよ。慈悲深いケイコさんが、悪童にあんな特別なことをするなんて不公平だよぉ」
「女神のようなケイコさんを怒らせてさ。ヤスシは今日で終わったな……」
ケイコさんの行動に驚いた無頼漢ヤスシは、その場に座り込んで放心していた。
それでも、ことの重大さは認識できていたようだった。
やがて意識を取り戻したヤスシは、ケイコさんに向かって土下座をした。
「ケイコさーーん、すんませんでしたぁー! おれ、心を入れ替えますぅー! 許してくださいぃー! もう、金輪際、棚の上は走りましぇーーーーん!」
こうして、この町の公立図書館に平穏が戻った。
後日、マドンナ・ケイコの偉業は後世に語り継がれていったとか?
いかなかったとか?
僕はヤスシがとにかく嫌いだ……。
もちろん、ケイコさんは好きだ……。
ただ、僕が図書館の利用を禁止された理由は、いまだに納得できない。
僕は今、図書館の窓の外から、今までの一部始終をただ眺めている。
ごくごく普通の、静かな利用者なのに……。
「やはり……納得できないよ」
僕は窓から図書館の中をよく見るため、足元に図書館の本を何冊も積み重ねて、その上に乗っている。
僕は常々思っている。
自分の本ではできないが、図書館の本は読むだけでなく、いろいろなものに利用できて便利だ。
なぜ、図書館員はそれが分からないのであろう……。
僕を出入り禁止にする理由が、もっと分からない……。
こんなに善良な利用者なのに……。

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