綺麗な花束がある。
これほど見事な花を、ここ数年見た記憶がない。
花とは、そういうものだ。
意中の彼女が、長年勤めた会社を定年退職することになった。
この花束は、僕が生花店で選んでもらった最高傑作だ。
僕は彼女のことが、30年間好きだった。
いや、彼女も年を取った。
それでも、今も好きだ。
彼女に「好きだ」と告白した30代のあの頃から、30年が経った。
僕が返事を聞かなかったのは、拒絶されるのが怖かったからだ。
「ああ、綺麗だな……。彼女は、この花と変わらない美しさだよ……」
僕は、隣の席に座る彼女を横目で見た。
これまで僕たちは、いくつもの部署を異動してきた。
そして定年間近になった今、僕は彼女と同じ部署になり、隣の席に座っている。
異動してきたときは、30年前に告白したこともあって、なんとも気まずかった。
その日の退勤時間を過ぎた頃、彼女が僕に言った。
「わたしに30年前、告白してくれたよね? どうして……わたしの返事を聞いてくれなかったの?」
僕はハッとした。
あのとき、告白しさえすれば、それで満足だったのだ。
自分の思いを相手に伝える。それが目的だったような気さえする。
だから僕は、それで満足してしまい、肝心の返事を聞くのを忘れていた。
「今、あなたの告白の返事をしてもいいかしら?」
僕は彼女の言葉を理解できなかった。
「えっ……?」
今になって、何を言いたいんだ?
僕は彼女を見た。
やはり、綺麗だった。
「あなた、どうして結婚していないの? もう、あなたもいいおじさんでしょ? ……まあ、人のことは言えないか」
僕は何も言えなかった。
今になって、そんな話をされるとは思ってもいなかった。
遠い過去の、僕だけの恋の話だと思っていた。
「ねえ、どうして結婚しなかったの?」
彼女は、少し詰問するような口調で言った。
「僕は……君としか結婚するつもりがなかったからだよ」
思わず、30年間の思いが口からこぼれた。
「あんた、バカね……」
彼女は少し笑った。
「わたしもバカだと思う。わたし、きみのことがね……30年前から……。ううん、あなたに告白される前から……ずっと好きだったの」
この先がどうなるのか。
僕はひねくれ者だから、想像したくない。
……いや。
30年間も返事を聞かなかった僕には、今さら想像する資格などないのかもしれない。

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